M子、家を出る 2014秋

あっという間に前回の投稿から2年が経ちました!

 

さらに思い出がどこで止まっているのか確認したら

2014年の5月の屋久島から〜〜

 

その間に色々な出来事があったと思いますが、、

さすがに思い出せませ〜ん

 

ということで2014年の大きな出来事のみ綴ります。

 

 

 

まず、

 

私は家を出ました。

 

 

約30年間一緒に暮らした家族の元を離れることになった、2014年秋。

 

 

当時お付き合いしていた彼と暮らすことにしたのです。

 

 

元々中野で一人暮らしをしていた彼、

中野はいい街だった。新宿から近いしどんどん綺麗になるし。

だけどさすがに中野で二人暮らしするには狭くて

かといって広い家は家賃高すぎだしで断念。

仕方なく中央線の三鷹まで下ってやるか

御殿山(閑静な住宅街)あたりイイね!なんて

街を散策したりしてイメージを膨らませていたのだけど

三鷹も高かった。。。

 

そしてどんどん条件を下げていって、

中央線から総武線に下り

気がついたらギリ東京の新小岩あたりで探していた。

 

そこで見つけた物件に応募するもタッチの差で埋まってしまい

ガーンって言ってたら不動産屋さんから別の物件を紹介してもらったのですが

この物件がとても良くて即決!

結局中央線でも総武線でもない、想像もしていなった線でしたが

街並みも綺麗だし、友達も近くに住んでいるし、駅徒歩5分、新築、2LDK、ウォークインクローゼットあり(これ結構重要)、窓からは隣の大きな一軒家の立派なお庭が眺められる、スーパーが徒歩5分圏内に3つある(憧れのスーパーのはしごができる)などとても住みやすい環境だった。

 

今まで自分でお菓子以外の食品を買いに行ったことがほとんどなかった私が

スーパーのはしごをする日が来るなんて、、! わくわくする!

 

 

 

 

そしてついに家を出る日

 

最後の夕食はサンマの塩焼きでした。

 

ご飯を食べながら「今日が最後だね」とか「今までありがとう」とか

言ったら泣いちゃうと思って、その話題には触れられなかった。

 

夜、そろそろ行くかとなって

玄関まで父と母が見送ってくれました。

 

「今までお世話になりました」と言った瞬間、涙がじわ〜と溢れてきたけど

ちょっとしたハプニングがあって笑顔に。

母の顔を見たら泣きながら笑っていました。

 

思い出しただけで泣けてきます。。

 

 

そして私は両手いっぱいに荷物を持って

しくしく泣きながら駅までの道を歩いたのでした。

30代女子が、、、大荷物で、、、しくしくと、、、

 

今振り返るとウケる。

 

 

 

しかも引っ越した先が実家から電車で30分くらいの近さ。

 

だけど、しばらくは私がいなくなった後の家の中とか

母が寂しくないかな、とか想像して胸がぎゅーとなっていました。

 

それが今や母に電話したら

「あ、今テレビ見てるから後にして!」て切られることも。。

 

 

 

そして新しい家での生活がスタート。

 

1ヶ月経った頃でしょうか。

隣のお家が取り壊され、工事の騒々しい音とともに

跡地には小さな庭なし一軒家が次々と立ち

窓からの眺めは隣の家の壁とバルコニー。

洗濯物干すタイミングが重なっちゃって焦る。

 

さらにスーパーのはしごについては

彼にも友達にもスーパーのはしごをする時間をお金に換算したらどんだけ無駄か、と言われ

結局、いくらで安いのかつかめるほどまで成長できなかったので

スーパー3つはうまく活用できなかったのでした。(どーでもいー)

 


 

数年ぶりに額装されたエンツォ・マーリの黒ヒョウ

 

 

リグナで買ったライト

 

 

リグナで買った某名作チェアそっくりな椅子。座り心地良い。

 

 

他の家具はほぼIKEAで購入。

 

近所の友達と朝ランしたり、朝ごはん食べたり

 

楽しかったな〜

 

 

 

 

 

あの家はいい家だった。

 

今はもう別のところに住んでいるけれど。

 

 

 

 

 

 

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